ホップの価値を再認識した地域活性化
2019.9.12
総合政策学部教授 菊池宏之
1.地方に求められる地域活性化
わが国は、先進諸国に先駆け「人口減少および超高齢化社会」に直面している。昭和30年代以降の高度経済成長期以降、首都圏とはじめ大都市圏への地方からの人口移動、特に地方の中山間地域に顕著に顕在化し、集落の維持?存続が困難な状況が確認できる。
近年における地方創生のルーツは、昭和52年大平内閣の第三次全国総合開発まで遡り、昭和63年平成元年竹下内閣のふるさと創生事業を経て、平成26年発表の「まち?ひと?しごと創生長期ビジョン」「まち?ひと?しごと創生総合戦略」の地方創生をテコに、わが国の活力向上を目指してきている。
そこで、内閣府地方創生推進事務局の「まち?ひと?しごと創生「長期ビジョン」「総合戦略」「基本方針」において、人口減少を克服し成長力を確保し、「活力ある日本社会」の維持に4つの基本目標を掲げている。
その視点は、
①「地方にしごとをつくり、安心して働けるようにする」
②「地方への新しいひとの流れをつくる」
③「若い世代の結婚?出産?子育ての希望をかなえる」
④「時代に合った地域をつくり、安心なくらしを守るとともに、地域間を連携する」
である。
これ等の取組はあるが、飯田?木下その他(2018)は、「地域再生にまつわる施策の歴史は、失敗の歴史だった」とし、山崎?小黒その他(2019)は、「地方創生の「壁」となっているのは何だろうか」と成果が十分でないことを前提に、「優先順位の欠如、人材の欠如、組織の欠如」を指摘している。加えて、「しごと」を起こすことで仕事の創生が起点となり、「まち」の魅力を高めることでまちの創生になり、それらが「ひと」を呼び込むひとの創生になるという循環を指摘している。
2.遠野市におけるホップ生産を起点とした地域活性化
(1)遠野市におけるホップ生産の現状
「広報遠野」や同市産業部畜産園芸課への調査から、零災害の常習地区での作付けを模索する中で、安定収穫が可能な「ビールの魂」と呼ばれるホップ生産に目を付けたことが契機になった。その後、生産者?行政やキリンビール等の相互連携化などの取組により、同地区は現在日本最大の生産量を誇っている。だが、ピーク時から見ると生産者数の減少や生産者の高齢化などで、生産量は大幅に減少している。キリンは採れたて生ホップ利用の製品づくりのためにも、ホップ生産継続が不可欠である。
(2)TK(遠野×キリン)プロジェクト起点で、訪れたい?住み続けたい「まち」つくり
そこで、農家の子弟が「遠野のポップ生産量は日本一」を認知し、誇りを持つことで「おらがまちに戻りたい」と、ホップ生産の新規就農希望者を増やすことを、遠野市や地域のリーダーの協力を得て、2007年に「TKプロジェクトii」を発足した。本プロジェクトが起点で、採れたてホップ使用ビールを楽しみ、地域の恵みを市民で祝う「遠野ホップ収穫祭(2015年)」を開催した。当初は、準備期間が短く約2,500人の集客だが、2019年は約1万人弱の集客で、市内外?県外から集客するまでに成長した。
(3)東北復興?農業トレーニングセンタープロジェクトによる、「ひと」を呼び込む
遠野のまちづくりを加速させたのは、2012年の東北3県の東日本大震災復興プロジェクトを発展させた「東北復興?農業トレーニングセンタープロジェクト」(2013年開始)が起点となった。当時、東京「丸の内朝大学」と農業トレセンで「パドロンiii」生産の夢を語り、「自分ならではの新たな農業がしたい」と新規就農者がでた。キリンや同活動の参加者メンバーが連携し、パドロンの生産?ブランド化のプロジェクトを展開したことで、「遠野パドロン」と新たなブランド化できた。
遠野地区の持続的活性化には、「遠野に住み、取組が自分ごとになる民間プレイヤーの存在」(キリンSVC浅井氏談)が不可欠と考えていた。その折の2016年に、NextCommons Labが遠野地区を第一弾に地域活性化支援する活動の開始もあり、地域資源を活用した新たな起業育成事業に取組み始め、移住者が15人までになっている。中でも、クラウドファンディング活用で開業資金を調達し、パブ併設のクラフトブルワリーをオープンする等で、地域資源活用に新たな動きが顕在化している。
地域外の人々の移住や、ホップ主体の事業化等に触発されて、地元での取組も活発化している。特に、地元の小?中?高校の学校教育にもホップを学ぶことが活用されたり、地域住民が「ビールの里作り」と自発的な取組に進化し、子どもたちに「まちを誇り」に思う気持ちが醸成されている。
3.地域資源の再発見による活性化の取組から学べること
遠野のホップ主体の各種取組の確認により「ホップそのもののブランディング化」、「ホップ主体の魅力向上による来街者の増加」、「新規就農者の受入れ拡張」、「学校教育活用による地域住民の地域への愛着?誇りの醸成」、「居住したい?関わりたい気持ちを持つ関係人口の増加」等の取組みと成果などと整理できる。言い換えると、訪れたい?住み続けたい「地域」化が、新たな「人」を吸引し、新たな「仕事」を創出するものへと展開される可能性が高いことが、遠野地区の取組から学ぶことが出来る。
主たる参考文献
山崎史郎?小黒一正編著(2018)『どうする地方創生』日経経済新聞社。
飯田泰之?木下斉他(2019)『地域再生の失敗学』光文社新書
i1963年(昭和38年)江刺市(現奥州市)栽培のホップが、冷害気象下でも育成可能な作物であり、冷涼な?乾燥地に適していた。
iiその後、遠野市、キリンビール株式会社、遠野ホップ農業協同組合に加え、一般社団法人遠野ふるさと公社、遠野パドロンプロジェクトと拡張している。
iii原産国のスペインではビールのお供といわれる定番野菜である。
近年における地方創生のルーツは、昭和52年大平内閣の第三次全国総合開発まで遡り、昭和63年平成元年竹下内閣のふるさと創生事業を経て、平成26年発表の「まち?ひと?しごと創生長期ビジョン」「まち?ひと?しごと創生総合戦略」の地方創生をテコに、わが国の活力向上を目指してきている。
そこで、内閣府地方創生推進事務局の「まち?ひと?しごと創生「長期ビジョン」「総合戦略」「基本方針」において、人口減少を克服し成長力を確保し、「活力ある日本社会」の維持に4つの基本目標を掲げている。
その視点は、
①「地方にしごとをつくり、安心して働けるようにする」
②「地方への新しいひとの流れをつくる」
③「若い世代の結婚?出産?子育ての希望をかなえる」
④「時代に合った地域をつくり、安心なくらしを守るとともに、地域間を連携する」
である。
これ等の取組はあるが、飯田?木下その他(2018)は、「地域再生にまつわる施策の歴史は、失敗の歴史だった」とし、山崎?小黒その他(2019)は、「地方創生の「壁」となっているのは何だろうか」と成果が十分でないことを前提に、「優先順位の欠如、人材の欠如、組織の欠如」を指摘している。加えて、「しごと」を起こすことで仕事の創生が起点となり、「まち」の魅力を高めることでまちの創生になり、それらが「ひと」を呼び込むひとの創生になるという循環を指摘している。
2.遠野市におけるホップ生産を起点とした地域活性化
(1)遠野市におけるホップ生産の現状
「広報遠野」や同市産業部畜産園芸課への調査から、零災害の常習地区での作付けを模索する中で、安定収穫が可能な「ビールの魂」と呼ばれるホップ生産に目を付けたことが契機になった。その後、生産者?行政やキリンビール等の相互連携化などの取組により、同地区は現在日本最大の生産量を誇っている。だが、ピーク時から見ると生産者数の減少や生産者の高齢化などで、生産量は大幅に減少している。キリンは採れたて生ホップ利用の製品づくりのためにも、ホップ生産継続が不可欠である。
(2)TK(遠野×キリン)プロジェクト起点で、訪れたい?住み続けたい「まち」つくり
そこで、農家の子弟が「遠野のポップ生産量は日本一」を認知し、誇りを持つことで「おらがまちに戻りたい」と、ホップ生産の新規就農希望者を増やすことを、遠野市や地域のリーダーの協力を得て、2007年に「TKプロジェクトii」を発足した。本プロジェクトが起点で、採れたてホップ使用ビールを楽しみ、地域の恵みを市民で祝う「遠野ホップ収穫祭(2015年)」を開催した。当初は、準備期間が短く約2,500人の集客だが、2019年は約1万人弱の集客で、市内外?県外から集客するまでに成長した。
(3)東北復興?農業トレーニングセンタープロジェクトによる、「ひと」を呼び込む
遠野のまちづくりを加速させたのは、2012年の東北3県の東日本大震災復興プロジェクトを発展させた「東北復興?農業トレーニングセンタープロジェクト」(2013年開始)が起点となった。当時、東京「丸の内朝大学」と農業トレセンで「パドロンiii」生産の夢を語り、「自分ならではの新たな農業がしたい」と新規就農者がでた。キリンや同活動の参加者メンバーが連携し、パドロンの生産?ブランド化のプロジェクトを展開したことで、「遠野パドロン」と新たなブランド化できた。
遠野地区の持続的活性化には、「遠野に住み、取組が自分ごとになる民間プレイヤーの存在」(キリンSVC浅井氏談)が不可欠と考えていた。その折の2016年に、NextCommons Labが遠野地区を第一弾に地域活性化支援する活動の開始もあり、地域資源を活用した新たな起業育成事業に取組み始め、移住者が15人までになっている。中でも、クラウドファンディング活用で開業資金を調達し、パブ併設のクラフトブルワリーをオープンする等で、地域資源活用に新たな動きが顕在化している。
地域外の人々の移住や、ホップ主体の事業化等に触発されて、地元での取組も活発化している。特に、地元の小?中?高校の学校教育にもホップを学ぶことが活用されたり、地域住民が「ビールの里作り」と自発的な取組に進化し、子どもたちに「まちを誇り」に思う気持ちが醸成されている。
3.地域資源の再発見による活性化の取組から学べること
遠野のホップ主体の各種取組の確認により「ホップそのもののブランディング化」、「ホップ主体の魅力向上による来街者の増加」、「新規就農者の受入れ拡張」、「学校教育活用による地域住民の地域への愛着?誇りの醸成」、「居住したい?関わりたい気持ちを持つ関係人口の増加」等の取組みと成果などと整理できる。言い換えると、訪れたい?住み続けたい「地域」化が、新たな「人」を吸引し、新たな「仕事」を創出するものへと展開される可能性が高いことが、遠野地区の取組から学ぶことが出来る。
主たる参考文献
山崎史郎?小黒一正編著(2018)『どうする地方創生』日経経済新聞社。
飯田泰之?木下斉他(2019)『地域再生の失敗学』光文社新書
i1963年(昭和38年)江刺市(現奥州市)栽培のホップが、冷害気象下でも育成可能な作物であり、冷涼な?乾燥地に適していた。
iiその後、遠野市、キリンビール株式会社、遠野ホップ農業協同組合に加え、一般社団法人遠野ふるさと公社、遠野パドロンプロジェクトと拡張している。
iii原産国のスペインではビールのお供といわれる定番野菜である。