遅咲きの災害救助犬
総合政策学部教授 岡 惠介
二〇一二年三月一八日。我が家の愛犬ルカ(ラブラドール?レトリバー)は、あとひと月で三歳になるヤンチャ盛りだった。この日からルカは、訓練所に通いはじめ、災害救助犬修業の遅いスタートを切った。
一年後の四歳の春には、八戸で行われた競技会に参加して、リザーブチャンピオン(一〇〇点満点の採点で九〇点以上)に入ることができた。まだまだ修正点はあるものの、服従作業もまずまずのレベルには達した様子だった。
ルカの訓練は、訓練士さんだけにお任せしていたわけではなかった。私も捜索の訓練には可能な限り、ヘルパーとして参加していた。訓練には、災害救助犬をコントロールするハンドラー(指導手)のほかに、災害救助犬が捜索する対象となる要救助者役のヘルパーが必要である。
青々とした草原や、色とりどりの落葉の森、寒々とした雪の林の中で隠れ、災害救助犬たちがその鋭敏な嗅覚を使って見つけてくれるのをひたすら待った。森の奥に隠れていると、救助犬が見つけ出してくれるまで、長いときには一五~二〇分の間、迷彩の上下をまとい、夏場なら汗を垂らしながら、じっと待つことになる。
やぶ蚊も強敵だった。虫よけスプレーも蚊取り線香もものともしない彼らの攻撃に苦しめられた。そうしてだんだん静かになった森の中で、梢を渡る風の音が聞こえはじめ、時には森の住人が落葉の上をカサカサ歩く音も聞こえて来る。ここでクマなんか出てこないといいなぁ、とだんだん心細くなってくる。
そこに、ハァハァという荒い息づかいで走るイヌの足音が近づいてきると、本当に気分は遭難者で、早く見つけてくれ、救出してくれ、と願う気持ちになっているものだった。
四歳の秋にはそれなりに服従も捜索もできるようになり、一〇月の災害救助犬の認定審査会を受験することになった。ところがこの試験で、ルカは不合格となってしまう。捜索の際に急に豪雨が降ってきて、捜索範囲内に三人いた要救助者のうち、一人しか見つけ出せなかったという。この時にはずいぶんがっかりし、はじめたのも遅かったし、無理に難しい事をやらせるのも可哀想なのか、と思い悩んだものだった。
しかし相変わらずルカは、訓練士さんの車が迎えに来ると、嬉しそうに尻尾を振って、早く早くと興奮して出かけていく。認定審査会は一年に一度だけしかないので、結局さらに一年間訓練を続けることになった。
そして五歳の秋、再度の受験で遅咲きの災害救助犬がやっと誕生したのだった。